ソフトマターにおける相分離
粘弾性相分離
我々は、高分子溶液などの動的に非対称な系において、相分離した2つの相の粘弾性特性が大きく異なる場合、通常の相分離現象とは全く異なる挙動を示すことが実験的に見出し、粘弾性相分離と名付けた。そこで、この粘弾性相分離現象について、過渡的ゲルの形成という点に着目し、異なる数値シミュレーション手法を用いて研究を行った。以下に、それぞれの研究の概要について述べる。
粗視化モデル
粗視化した濃度場、速度場、応力場を扱った二流体モデルに基づくLangevin方程式を数値的に解き、粘弾性相分離のパターン発展の様子を調べた(図1)。
実験で見られている過渡的ゲルの特徴を考慮するために、通常の二流体モデルで扱われているずり応力に加え体積応力を取り入れた。 この体積応力に関する弾性率は、過渡的ゲルの緩和を実効的に表すよう濃度場に関する解析関数などではなく、初期濃度付近で大きく変化するステップ関数の濃度依存性を仮定した。
その数値シミュレーションの結果、以下のことが分かった。
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H. Tanaka and T. Araki, Phys. Rev. Lett. 78, 4966-4969 (1997).
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T. Araki and H. Tanaka, Macromolecules 34, 1953-1963 (2001).
図1: (a)実験結果(高分子混合系(PS/PVME)の顕微鏡観察)、(b)粗視化モデルによる数値シミュレーションの比較。
- 相分離初期においては体積応力は濃度揺らぎを抑制し、その濃度に対する非対称性によって、溶媒リッチ相をたとえ多数相であっても選択的に核として生成させる。
- 体積応力の緩和に伴い、高分子リッチ相は連結性を保ったまま体積収縮し、その結果、少数相からなるネットワーク構造ができる。(図2)
- ネットワーク構造はずり応力によって支えられ、その緩和に従い、ネットワーク構造は壊れ、界面エネルギーが極小となるようドロップレット構造へと相構造反転を起こす。
- 粘弾性相分離の振る舞いは、本質的には次元に依らない。(図3)
- 粘弾性相分離においては、通常の相分離現象で観測される自己相似性や動的スケーリング則は成り立たず、通常の波数空間による構造解析はあまり意味を持たない。
そのため、特に3次元系では界面構造解析などの実空間解析が非常に有効である。
Disconnectable spring model
流体粒子ダイナミクス法を用いた研究により、動的に非対称な系においては相分離初期において過渡的にゲル状に振る舞うことが示唆された。 このゲル状態を、その長さに依存した確率で切断するバネを用いてモデル化し、粘弾性相分離の構造発展の様子を調べ、次のことが分かった(図4)。
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T. Araki and H. Tanaka, Phys. Rev. E 72, 041509 (2005).
図4: (a)実験結果(高分子溶液(PS/DEM)の顕微鏡観察)、(b)DSDによる数値シミュレーションの比較。
- 粘弾性相分離における相分離構造は、熱力学に起因する界面エネルギーの影響をあまり受けず、力学的な振る舞いによって決定している。
- ネットワーク構造などの特徴的な相分離構造は、2つのパラメータによって特徴付けることができる。(図6)
1つめは核生成頻度と個々のドロップレットの成長速度に関するもので、2つめはドロップレットの異方的な形状に関するものである。
- 核生成頻度が高い場合には、個々のドロップレットが成長する前に周囲の影響を受けるため、その結果できるネットワーク構造は密で均一である。
一方、核生成頻度が低い場合には、ネットワーク構造は粗く多分散的になる。
- バネが外力に対して脆い場合には、マトリックス相の弾性変形を減らすよう、ドロップレットは亀裂状になる傾向があり、丈夫な場合には、応力集中を分散させるよう円状になる。
- マトリックス相の弾性的な性質のために、複数のドロップレットが直線的に配列するようになる。
図6: バネ長のばらつきが最大になるときの相分離構造のE-T依存性。()の中はそのときの時刻
イオンを含む流体混合系における相分離
温度変化によって相分離する水油混合系を考える。
相分離する温度域では、重力等により最終的にマクロに二相に分離した状態になることはよく知られている。
塩を混合溶媒に添加すると、正負イオンは一般に親水性であるため、塩は水リッチ相に溶け、界面張力を増大させることが知られている。
小貫らは、正負イオンのうち一方が水が嫌いな塩(Antagonistic塩)を水油混合系に溶かすことで、二相間の界面張力が下がることを見出した。
そのとき、水油界面でナノスケールでイオン間相分離が起こり、大きな電気二重層が形成される。
二成分流体のダイナミクスを記述する model H に粗視化したイオンの濃度を導入し数値シミュレーションを行い、その相転移ダイナミクスを調べた。
ある温度、イオン濃度域ではブロック共重合体のようなミクロ相分離パターンを示す(図7)。
また、平坦な界面にそのようなイオンを添加することで、界面が不安定化するエマルジョン化することを示した。
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T. Araki and A. Onuki, J. Phys.: Condens. Matter 21, 424116 (2009)
- A. Onuki, R. Okamoto and T. Araki, Bull. Chem. Soc. Jpn. 84, 569 (2011).
図7: Antagonitic 塩を含む水・油混合液体の相分離パターン。\(n_0v_0\)は規格化したイオン濃度、\(\chi\)は温度に依存するパラメータ。
流体系の相分離機構と流体力学効果
流体系における相分離現象は,流体モデル(model H)によって記述されることが知られている。 我々は,流体モデルに基づく数値シミュレーションの結果,対称組成相分離において, 流体力学的効果が大きい場合,流体管の不安定性に起因する系の粗大化に, 内部の濃度場が追従できず,相の内部が熱力学的に不安定,準安定になり,一度のクエンチで, 二度,相分離する効果(Hydrodynamic Interface Quench Double Phase Separation)を 見出した。
- T. Araki and H. Tanaka, Phys. Rev. Lett. 81, 389-392 (1998)
図8: 界面クエンチ効果による二重相分離現象。