イオンを含む溶液が帯電した表面に接するとき、反対符号の電荷が集まってきて電気二重層と呼ばれるマイクロスケールの構造ができる。 この構造は外部から電場を掛けることで電気浸透・電気泳動と呼ばれる輸送現象を引き起こし、表面電気伝導などと共に界面動電現象と総称される。 電気二重層のもっとも簡単なモデルはPoisson-Boltzmann理論であり、電気浸透・電気泳動は流体力学に拡張した連続体モデルで記述することができる。 このモデルを介して、電気泳動の移動度(速度の電場に関する比例係数)の測定値から表面のゼータ電位が計算される。 ゼータ電位はPB理論では表面電位(表面の静電位)に対応し、コロイド間の斥力を特徴づけるためコロイド溶液の安定性評価においてもっとも重要な物理量である。
一方、多価イオン、高分子、高分子電解質が溶液に含まれている場合やイオンと極性分子との相互作用が強い場合には従来のモデルで計算されるゼータ電位が実際の表面電位とは違った値をとる。 このような複雑な電気二重層において実際の表面電位を正しく評価できるような理論を構築することは、未解決問題であった。
高分子電解質溶液が帯電した表面に接するとき、PB理論の予想よりも過剰に高分子電解質が吸着することがある。 電気二重層の構造を特徴付けるには電気浸透によるゼータ電位の測定が一般的であるが複雑な電気二重層の場合、電気浸透の移動度から実際の表面電位を正しく評価することは理論的に難しく、PB理論をそのまま使っている状況である。 高分子電解質溶液の電気浸透の研究はコロイド溶液の安定性評価などの観点から重要であるにもかかわらず、これまで研究されていなかったことが問題であった。 そこで電気浸透に関して理論モデルを構成し、その大きさを計算した。 塩濃度が小さく高分子電解質が界面に過剰に吸着している時には電気浸透の向きが逆転するという直感に反する結果を見出した(図1)。 これは高分子電解質が吸着したコロイドの電気泳動の移動度の測定結果と定性的に良い一致を示している。 応用上の観点からもpHを変えることなく水中の不純物を凝集させるには斥力相互作用の制御が重要である。
選択的親和性とは三成分以上の物質からなる混合系で、ある物質が他の二つの溶媒などに対して親和性が極端に違うときに普遍的に現れる効果である。 具体的にはイオンや官能基のもつ疎水性・親水性とよばれる性質が相当する。 近年、多成分で構成されるソフトマターの相挙動や動力学において選択的親和性が極めて重要であることが認識されている。 電気泳動とは帯電した高分子やコロイドが外部電場に駆動され移動する現象であり、電荷をもっていない中性高分子が電気泳動するとは考えられてこなかった。 一方、中性高分子であり極性の強いスルホン基を持つポリエステルスルホンは混合溶媒中で電気泳動堆積することが示されており、駆動力が何かという問題が残されていた。 この問題に対して、混合溶媒中のメタノールから解離したイオンが高分子に対して強い親和性を持っていると考え、選択的親和性に着目して解析すれば解決できると考えた(図2)。 カチオンとアニオンで高分子に対する親和性が非対称な電解質を添加すると高分子が電気的中性であるにもかかわらず高分子と周りの溶媒との間には電位差ができ、高分子の内外の溶液の流れやすさの違いにより泳動することが分かった。